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津家庭裁判所 昭和53年(少ハ)1号 決定 1979年2月19日

少年 N・K(昭三六・八・二三生)

主文

一  少年を満二〇歳を限度として中等少年院に戻して収容する。

二  毒物及び劇物取締法違反保護事件については少年を保護処分に付さない。

理由

一  戻し収容申請の理由

中部地方更生保護委員会から再度少年を少年院に戻し収容すべき旨の決定の申請がなされ、この理由は別紙一記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

そこで審案するに、少年、保護者等の審判廷における陳述並びに本件関係記録によれば次のような事実が認められる。

(1)  少年は、昭和五二年一月二七日津家庭裁判所において虞犯、窃盗保護事件により医僚少年院送致の決定を受けて宮川医療少年院に収容され、その後昭和五三年二月二二日更生委員会の決定により同少年院より仮退院を許され、爾来津保護観察所の保護観察下に入つた。

(2)  仮退院に際しては同委員会から法定遵守事項の外前記別紙一中掲記のとおり特別遵守事項が定められ、その遵守を誓約した。

(3)  仮退院後約一ヶ月位は、家業である青果(露店)業に実父と共に従事し、三月二二日には原動機付自転車の免許も取得したが、同月二六日ころより再びシンナーを購入、以来有機溶剤吸引が始まり、同年五月には父親の売上金を持出し家出し、岡崎市内でシンナー吸引中を警察官に発見補導され、保護観察官の厳重な注意をも受けたにもかかわらず有機溶剤の吸引に耽溺し、同年六月一日、八月九日及び同月一一日それぞれ別紙二(1)、(2)、同三(1)記載のとおり松阪市内の農道、公園等にてシンナー・ボンドを吸引中、警察官に発見され、又この頃は一旦転職した○○電化も長続きせず、家業に復したものの殆んど仕事をすることなく徒遊しており、保護観察官に再度質問調書を録取された直后の八月二五日にも又々、別紙三(2)記載のとおりシンナー吸引中を警察に発見補導された。

(4)  そこで、当裁判所も止むなく同年九月一一日観護措置をとつたが、前回に比し精神的安定がみられる旨の鑑別結果並びに姉及びその内縁の夫において同居の上積極的な指導を約したことから、別紙四の遵守事項を少年に自主的に定めさせ同年一〇月二日当裁判所調査官の試験観察に付し、立直りを期待したが結局規則正しい生活と労働に耐えることが出来ず、同年末より実父方に帰り、結局徒食の生活に戻つて了い、シンナーの吸引も亦断ち切れず、保護者等も遂に在宅のまま立直らせる意欲を失うに至つた。

(5)  以上の如く、少年の行為は法定ないし特別遵守事項(特に後者一、二)に違反すること明らかであるのみならず、試験観察に際して少年自らの定めた遵守事項も結局すべて守ることができず、前記の如く保護者らも亦その指導による更生の望みを失つている現状においては再度少年院に戻して収容し、その教育により、自己中心的、逃避的な生活態度を矯正し、有機溶剤吸引嗜癖を断ち切ると共に、社会適応性を涵養することが肝要であり、そのためには相当の期間を要すると思料され、なお従前の医療的措置はすでに不要となつていることが認められるので、満二〇歳を限度として中等少年院に戻して収容するのが相当である。

よつて、犯罪者予防更生法四三条一項、少年法二四条一項三号、少年審判規則五五条、三七条一項、少年院法二条三項に則り主文一項のとおり決定する。

なお、本件各保護事件(別紙二及三)は、戻し収容申請事件と併合審理し、申請書中の保護観察の経過及び成績の推移の記載に徴するも、すでに後者の理由にもなつているところであるからもはや保護処分の必要性は認められないので、主文二項のとおり決定する。

(裁判官 川田嗣郎)

別紙一

理由

本人は中部地方更生保護委員会第一部の決定により昭和五三年二月二二日宮川医療少年院から仮退院を許され三重県松阪市○○町××-×父N・Iの許に帰住し、津保護観察所の保護観察下に入つたものであるが、昭和五三年八月二四日付津保護観察所長から戻し収容の申出があつたので同申出書及び関係記録等によりこれを審理するに、

一 本人は昭和五三年三月中旬頃から自宅等においてボンド、シンナーを吸引するようになり、保護者及び保護観察官、担当保護司の再三にわたる指導助言にも拘わらず、以後継続してボンド、シンナーを吸引した。

二 仮退院後家業の青果販売の仕事に従事したが怠業勝ちで途中転職を試みたが長続きせず、ボンド、シンナー吸引に耽り、徒遊生活が多く、保護者の正当な監督にも服さず、昭和五三年五月一三日父親の金五万円を持ち出し、無断家出し、その金を映画代、シンナー購入等に費消した。

以上の行為は、本人が仮退院に際して遵守することを誓約した犯罪者予防更生法第三四条第二項に規定する法定遵守事項及び同法第三一条第三項の規定により、当委員会第一部が定めた特別遵守事項

一 シンナーなどは決して吸わないこと。

二 父や姉に何事も相談して気侭勝手なことをしないこと。

三 家出しないこと。

四 保護司の指導によく従うこと。

に違反しているものである。

津保護観察所においては、本人の保護観察を開始するにあたり、本人の生育歴、資質及び家庭環境等に鑑み、

一 気が小さい上、勤労意欲が乏しく持続性に欠けること

二 不良仲間が身近におりボンド、シンナー吸引の虞れがあること

三 愛情飢餓が強く、家族の連帯感に乏しく疎外感強く反抗的であること、等を問題点とし家族の一層の協力を求め相互の理解をはかり、仕事に対する持続性を養い健全な生活習慣を身につけさせることを主な処遇方針として、特に綿密な保護観察を実施したものであるが、本人は保護観察官、保護司の再三に亘る指導にも拘わらず、ボンド、シンナー吸引をくり返してきたものである。

これらの行為は、本件少年院入院前と全く同様であり、自ら保護観察を受け更生しようとする意欲は認められない。一方保護者である父親は、本人に対する指導力に限界を感じ、自信を失つている状況にあり、も早や保護観察において本人の改善更生は期待できず、再非行のおそれは極めて濃厚である。この際本人に強い反省と自覚を促すため、再度施設に収容して、矯正教育をはかることが必要と認められる。

別紙二

一 昭和五三年(少)一三八八号

被疑少年N・Kは、

(一) 昭和五三年六月一日午前八時三〇分頃松阪市○○町○○○団地付近農道において、自己の精神的快感を満たすため入手した幻覚興奮又は麻酔の作用を有するトルエンを含有するラッカーシンナーをビニール袋に入れ、これを口にあて吸引し、

(二) 昭和五三年八月九日午後六時一〇分頃松阪市○町××番地松阪市立○○小学校校舎軒下において自己の精神的快感を満たすため入手した幻覚興奮又は麻酔の作用を有するトルエンを含有する三星シールラバーをビニール袋に入れこれを口にあて吸引し

たものである。

別紙三

一 昭和五三年(少)一四二二号

被疑少年N・Kは、

(一) 昭和五三年八月一一日午前一一時三〇分ごろ松阪市○町×区、○○公園前路上において自己の精神的快感を満たすため入手した幻覚興奮又は麻酔の作用を有するトルエンを含有しているニットーゴムコーキング(日東ポリマー工業製)をビニール袋に入れ、これを口にあて吸引し、

(二) 昭和五三年八月二五日午後二時三〇分ごろ松阪市○町○○神社境内において自己の精神的快感を満たすため入手した幻覚興奮又は麻酔の作用を有するトルエンを含有しているシンナーをビニール袋に入れ、これを口にあて吸引し

ていたものである。

別紙四

試験観察中遵守事項(約束ごと)

一 今後、シンナー等は、絶対に吸つたりしない。万一吸つたりしてしまつたら、少年院へ入つてやりなおす覚悟をします。

二 きちつと仕事をして、周りの人の言う事を聴きます。

仕事は家の手伝いをする。これから姉のところで同居する。

三 悪い人達(シンナー仲間、不良、仕事をせずブラブラしているもの、暴力団関係等)とは付き合わない。

四 保護司さん、父、姉の言うことをきき、実行する。

人に迷惑をかけたり、夜遊び、家出、金品持ち出しは絶対にしない。

五 家庭裁判所等の呼出しがあれば必らず出頭します。

〔参考〕 保護観察及び家庭裁判所事件受理後の経過

昭和五三年二月二二日 宮川医療少年院を仮退院し、同日津保護観察所に出頭しその保護観察下に入るとともに指定帰住地である三重県松阪市○○町××-×父N・Iの許に帰住した。

二月二三日 家業の青果販売業に従事。

二月二四日 午後二時頃銭湯に行くと称して少年院収容前の友人シンナー仲間のもとに行つたため、同夜担当保護司が注意をする。

三月五日 青果販売の仕事が嫌になり転職を希望したが保護司の説得により持続することになる。

三月二二日 原付自転車の免許を取得し、父親に単車購入を希望。真面目に働けば購入してやると励ます。

三月二六日 自宅においてシンナー吸引、同日保護司が注意する。

三月二八日 本人、父同伴で津保護観察所へ出頭。保護観察官から注意指導を受ける。以後家業に専念。

四月五日(頃) 父から単車を購入してもらう。少年大いに喜ぶ。

四月二一日 姉と口論し、家業に対する意欲を失い転職を希望。

四月二五日 職業安定所の斡旋により○○建築に転職。

五月二日 仕事がきついとの理由で退職。

五月七日 シンナー吸引により父から厳しく注意を受ける。

五月一三日 父の財布から五万円抜き取り、家出、岡崎市へ行き、夜間映画館で過し、翌日同市でシンナーを購入し、吸引中警察官に補導される。

五月一五日 姉たちに連れ戻され自宅に帰る。

五月一五日 本人、父に伴われ、津保護観察所に出頭。保護観察官が指導するがシンナーの後遺症で充分面接できず翌日再出頭の指示をする。

五月一六日 昼食に行くと称して家を出たまま帰宅しないため父と保護司が保護観察所に出頭し相談。

五月一七日 本人単独で津保護観察所に出頭。保護観察官が厳重注意する。

以後一時小康状態が続いた。

五月二二日(頃) 再びボンドを吸引するようになり、幻覚状態が表われ仕事も手につかない状態となる。

その後もボンド吸引止まず○○警察署に補導されること三回におよびその都度行われている保護観察官の面接指導によるも改善のきざしみえず吸引をやめるに至らない。

八月二六日 津保護観察所長から中部地方更生保護委員会に対し戻し収容申出。

九月一日 津家庭裁判所戻し収容申請事件受理

九月一一日 観護措置決定

九月二七日 昭和五三年(少)第一三八八号事件受理

九月三〇日 同年(少)第一四二二号事件受理

一〇月二日 第一回審判

併合決定(昭和五三年(少)第一三八八号・同第一四二二号事件を同年(少ハ)一号事件に併合)試験観察決定(在宅)

昭和五四年二月一九日 第二回審判

戻し収容決定

昭和五三年(少)第一三八八号・同第一四二二号不処分

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